3月23日 木曜 晴れ
オイゲン大公の呪い
ウィーンといえばクリムト、とガイドブックには書いてある。
今までクリムトの絵を生で見たことがなく、印刷で見てもあまりに美しいそれに「写真写りがいいだけなんじゃないの?」とひねた偏見を持っていた。
「ベルヴェデーレ宮殿」内の「19・20世紀美術館」にはクリムトのコレクションがあるというので、せっかくだから見にいこう。
この「ベルヴェデーレ宮殿」を建てたのが、オイゲン大公である。彼はフランスの貴族だったが、本国でぱっとしないので、わざわざオーストリアまでやってきて軍人になり、トルコとの戦争で活躍して、こんな立派な宮殿を建てられる身分になったのであった。
しかし、今回殊勝にも「せっかくオーストリアに行くのだから、なにか関連の本を読んでおこう」と思った私は、彼の伝記を読んでしまっていた。そこには勇猛な武人のイメージとはかけ離れた、ある事実が記されていた・・・。
その本によれば、彼が少年の頃、フランスの貴族社会では同性愛が流行しており、小柄だったオイゲンは専ら女性役にまわっていたという。しかもオイゲンが身に付けたという、女性用下着まで現存しているらしい。
同行の二人に、この情報を自慢げに披露すると、弥生さんは彼のことを知っていた。
「ええ!あの人ってソワソン家(フランスの名家らしい)の人だよねえ!」
「そうそう、渾名がマドモアゼル・ソワソンだったんだって!」と言うと、ぎぇぇ、という悲鳴が上がる。
ところで、ご存知の方はご存知でしょうが、とある業界では、男性同性愛のカップルの女性役のことを「受け」と呼び習わしています。
そういうわけで、それ以来我々は、彼のことを「受けオイゲン」と呼び始めたのでした。この無礼な振る舞いが、後々数々の災いを引き起こすとも知らず・・・。
ホテルから美術館までそう遠くもない、というので歩いていくと、敷地は見えても入り口がない。塀にそって延々と、坂道を登っていく。「こんな広い敷地にするなんて、オイゲンの馬鹿!」
しかも憎い坂道の名は「プリンツ・オイゲン通り」というのだった。その上通り道には「オイゲン・ホテル」まであるではないか。
「オイゲンのクセに、生意気だよね」散々文句をたれて、ようやくたどり着くと、最初に向かった門は閉まっていた。
「受けオイゲンが邪魔している〜」
ベルヴェデーレ宮殿
「ベルヴェデーレ宮殿」には上宮と下宮があり、クリムトは豪奢な上宮にある。
「美術史美術館」とは比べられないが、やはりかなりの部屋数があり、いちいち見ていると日が暮れそうだ。ここのエレベーターが使いにくくて、何度も目当ての階を通り過ぎて行ったり来たり。
クリムトは続きの二部屋を占領していて、『接吻』『ユーディット』『水蛇』『バウワーの肖像』など、見たことのある絵が、きらびやかに並んでいる。
思いのほかサイズが大きかったのと、自然光で見る黄金と黒のコントラストが、安土桃山時代の障壁画のようで、圧倒された。
対照的に明かるい色に満ちた、正方系の風景画のシリーズが、向かいの壁をタイルのように覆っている。高い天井と、窓の外の、広大な庭。
ここにある作品全てを日本に持ってきて陳列しても、この雰囲気はだせないだろう。絵を自然光で見ること自体、今は贅沢なことになっているのだから。
貴重な赤大理石を多用したという、ダンスホールが貸しきり状態だったので、弥生さんとダンスをしてみた。振り向くと後から入ってきたカップルが真似してる・・・。こうなったら一日一恥、かき捨ててやるぞ。
←ベルヴェデーレ上宮のダンスホール
そういえば、教科書とかで見覚えのある、ナポレオンが白馬に乗ってウィリー(前足を上げているポーズ)している肖像画が、ありました。隅っこの方にあって、フランス以外での人気の無さを表している。
美術館といえば、カフェでのお昼御飯でしょ(実際は見物が1日がかりになることが多くて、外で食べられないだけなんだけど・・・)。
正確な名前は忘れたが、注文したのは「ヌードル・カット・パンケーキ with スープ」というもの。ヌードルカットって何だろう?と思ったが、パンケーキが食べたかったのだ。
パンケーキとスープが来るものと思ったのに、来たのは何と「ヌードル状にカットされたパンケーキが入ったスープ」!
もう少しで「こんなの頼んでない!」と言いそうになる。
カットされたパンケーキの太さはウドンくらい、上に青葱までかかってるとあって、素ウドンにしか見えない。スープは普通のコンソメ味。
パンケーキがどんどんフヤケテいくので、食べても食べても無くならない。この伸び方はウドンの比ではなく、もしやここにも、オイゲンの呪いが!?と怯えるのだった。
弥生さんのポタージュはショウガ風味で、妙に薬味臭いランチになった。東ヨーロッパはやはりアジアに近いらしい。
だだっ広い庭を、「ヒッチハイクしたい〜」とつぶやきつつ縦断して、下宮の「中世バロック美術館」へ。
どの絵の人間も同じ顔をしている。駒崎さんいわく「それが中世」とのこと。痛そうな聖人画や、キリストの磔の絵がところ狭しと並んでいて、マニア向けのラインナップだ。 ベルヴェデーレ下宮の中国の間→
キリストはどれも似たり寄ったりだが(1枚だけシースルーの衣のキリストがいて、衝撃だった。チラリズムか・・・)、背後で一緒に磔にされている罪人は絵によって、赤いパンツを穿いてたり、人間には不可能なポーズで貼り付けられていたりして、ついついチェックを入れてしまった。
信号待ちをしているとき、目の前に止まったバスの腹に、ミュージカル『モーツァルト』のポスターが描かれていた。結構かっこいい男性二人が、真剣な顔で見詰め合っている。 ←モーツァルトのポスター
興味を引かれた我々は、市電でオペラ座前までゆき、早速チケットを取る。以前宝塚で見た「エリザベート」のスタッフの新作なので、期待できそう。
チケットの発券を待っていたら、大人しそうな白人の若い兄ちゃんが、ミュージカルのパンフを次々と手に取り、さもついで、といった様子で、一緒に並べてある「ウィーン・ゲイ・ガイド」を持ち去った。
多分ミュージカルの方には用がなかったのだろうに・・・。彼の背中を見送って、こちらもそのガイドを持って帰る。
中途半端に時間があるので、通りすがりの「セセッション(分離派会館)」を見に行った。
金色の玉ねぎのようなドームが印象的な、謎の建物である。1階は準備中だったが、目当ては地下の『ベートーヴェンフリーズ』というクリムトの壁画なので、さっさと階段を下りる。
↓セセッション入り口の足が亀の植木鉢
ところどころ椅子が置いてあるだけの部屋。天井付近の壁に、帯状に絵が描かれていた。カラーの場所、モノトーンの場所、何も描かれてない所、が入り混じっていて、未完成作品のようでもある。
今ガイドブックを見たら、ベートーヴェンの『交響曲9番』に基づいて、3つの主題で描かれているそうだ。それで脈絡がなかったのか・・・(ちゃんと読んどけー)。
ウィーンの夜は更けて2
ホテルに戻り、昨日買った葡萄(一房30センチ強!)を食べて、オペラ座へ。全部徒歩圏内だから、移動が楽でいいなあ。
前を通るばかりだった国立オペラハウスは、中も広くて豪華だった。絨毯はグリーンが基調で落ち着いた雰囲気。
1階のクロークに行ったら、チケットを見せろといわれ、3階席は3階のクロークだと言われた。階級社会なのね。
途中でお腹が鳴らないように、ビュッフェでキャビアやサーモンのカナッペを食べた。美味しいぞう。店の人にワインを勧められるが、寝そうなのでやめておく。
演目はイタリア語のオペラ、ドニゼッティの『愛の妙薬』。主人公の切ない心中を歌ったアリアが美しいので、前から見たいと思っていたのだ。
村の小町娘に恋している内気な主人公が、旅の医者から買った男らしくなれる薬(中身はワインで、単に気が大きくなるだけ)を飲んで、酔っ払った勢いで彼女に告白。その情けない姿に愛想を付かした彼女は、金持ちでハンサムな軍人のプロポーズを受けるが、心の底では主人公を愛していたのだった・・・。いろいろあって、もちろん最後はめでたしめでたし。
そんな無茶な、というご都合主義な展開も多かったが、イタリア語が一言も分からない私でも、話が読めるライトなコメディ。ちっとも頭を使わないですむので、疲れた脳味噌にはちょうど良かった。
アリーナ席には日本人の姿も多く、観光地の実感が湧く。わざわざ持ってきたのか、振袖姿の人もいた。
幕間にはマン・ウォッチング。冴えない中年オヤジと若くてかっこいいお姉さんのカップルがいて、興味を引かれる。吹き抜け部分から1階ロビーを見下おろしていたら、光り輝くようなハゲの人がいて、目が離せなくなった。何か特別なお肌の手入れをしているのだろうか。
終演後、小腹が空いたので、マクドナルドに入る。ファーストフードも国によって味が違うので、それはそれで興味深いのである。
「ロイヤルマック」というメニューが、さすがウィーンという気がしたので、それのセットにした。ハンバーガーの肉の上下にチーズが載ってるだけだけどね。
東洋人の店員にセットのドリンクは何にするかきかれ「何があるの?」と無邪気に聞くと、ビール・マルガリータ・カンパリ・ウィスキーなど・・・と並べたてる。
マックでアルコールが出るなんて、さすがウィーン、大人の街だ!
「マルガリータ!」と言うと、「やっぱり!それにすると思ったよ。でも今切らしてるんだ」。
もちろんそんなわけはなく、単にからかわれたのだった。
奴は食べてる途中にもやってきて「サヨナラ、バンサイ」と言って去っていった。いきなりサヨナラ、と言われてもねえ。