第4日 10月7日 土曜
今日はシラクーザの考古学地区を観光予定。しかし、これは午後からで昼食まではフリーとのこと。添乗員さんが9:30頃の出発でよければ旧市街の見どころを教えてくれるというので、そんなに早起きする必要もないし、一緒に行くことに。

ダネッテ約束の9:30にロビーへ。結局全員が集合していた。考えることはみんな同じなのねぇ。集合場所を確認し、ドゥオーモとアレトゥーザの泉などの場所をチェック。あとは自由行動に。細い路地を歩きながらチラチラ店を覗く。1件これは、と思い入ってみると、ありましたよぉ。ダネッテ。クリームのバニラ、チョコとチョコレートムースがあり、ムースを購入。クリームも買おうかと思ったんだけど、ローマでも買えるしなぁ。で、ムースだけにしたんだけど、まさかローマにとんでもない落とし穴が待っているとは...。プラズモンもシチリアでは見つけられなくて、ローマで買うはずだったのよ。トホホ。ちなみに、ダネッテやプラズモンはPippoファン御用達のお菓子でございます。
←ジャ〜ン!ダネッテです。品名はチョコレートプリンだけど、口当たりはムースに近い感じ

ドゥオーモへ戻ると、入口附近に正装した人々が。結婚式が始まる!急いで中に入り写真撮影。参列者が入って来たので外に出ると、ちょうど花嫁さんの到着。ちょうどいいタイミングに大喜びで写真を撮らせてもらう。 満足して次はメルカート(市場)見物。2本くらいの路地に衣類、お土産品、野菜、魚介などたくさんの店が並ぶ。トマトが美味しそう。冷やして丸かじりするのが好きよ。魚は大きな舌平目がたくさん。他にも山盛りのイカやムール貝、名前の知らない魚の数々。ホントにメルカートは見るだけでも楽しめる。サングイネッラがあったら絶対買ってたのに...1ヶ月早かった...(しつこいってば)

結婚式の準備が整ったドゥオーモ内部 長〜いベールを見ていただくため後からのショット。
バージンロードを歩く姿を見たかったです。

今度はアレトゥーザの泉に。ここはパピルスが自生している泉。すぐ隣に海があるのに、この泉は真水。白鳥や鯉(?)みたいなものが泳いでいる。集合時間まで脇の海沿いの遊歩道を散歩していると、一人歩きのイタリアーノに写真を撮られた。というか、撮らせてあげた。若いかっこ良さげな子だったけど、サングラスしていたので顔はわからず。サングラス外せとは言えないしねぇ。まぁ、サングラスは似合ってたわ。

日本と違って磯の香りがまったくしない。生臭さがないのよね。潮風もべたつかないしとても心地よいの。 さて、そろそろ集合時間。ふと見ると例の運転手さんの姿が。たまたま途中で合流した御夫婦の奥様も同時に気付く。曰く「いい男はすぐ目につくのよ」。やっぱりみんな一緒ね。うふふ。

さぁお待ちかねの昼食です。実は、今朝の朝食は胃を休めるためにパスしていました。だって、おいしい料理食べたいもの。トマトとナスのスパゲティ、サラダ、舌平目のムニエル、フルーツの盛り合わせ。パスタは程よい辛みでペロッと平らげる。舌平目もメルカートで見たのと同じサイズ。頭から尾まで30cmは確実にあります。これも美味しくて美味しくて完食。フルーツはすももを取り、サボテンの実も半分食べた。サボテンは種が多いけど、味はなかなか。甘みがあって洋梨みたいな感触かなぁ。フルーツ皿に残ったすもももお持ち帰り〜。すももだ〜い好きさ。           食べ応えのある舌平目のムニエル。あ、尻尾の方が切れてる。→

満腹になったところで、考古学地区の見学へ。シラクーザはアルキメデス誕生の地であり、僣主ディオニソスの専制政治が行われた地。ここの石切り場はカラヴァッジョにより「天国の石切り場」と名付けられたとか。有名なディオニソスの耳やギリシャ劇場、ローマ闘技場などを見学。ディオニソスの耳は、高さ36mほどある洞窟。音響効果が良く、つまり反響が良いので、みんな手を叩いたり、叫んだり。ディオニソスはここを牢獄として使い、囚人達の話を盗み聞きしたという。

ちょっとごろごろした岩場を登り、ギリシャ劇場へ。劇場とさらにその下に見える景色を楽しみながら、さっき持って来たすももをかじる。見学後のフリータイムではレモンのグラニータ(シャーベット状のドリンク)を飲む。少し甘めだけどこれも美味しい。ツアーのある人はオレンジのスプレムータ(生ジュース)を買う。見てると1杯に3個分くらいのオレンジを絞っている。これも美味しそう。で、私のグラニータとその人のスプレムータを一口ずつ交換。オレンジの自然な甘みが口一杯に広がって美味しい〜〜。

見学が終わるとマルタへ移動するため、カターニア空港へ。渋滞を見越して少し早めの出発。ところがあまりにスムーズで、うとうとする間もないほど。早く着きすぎてしまったけど、もう仕方ない。中で時間をつぶさなくちゃ。しかし、この空港がまた最悪。大した店もなく、時間のつぶしようがない。椅子も少ないため、搭乗ゲートに早めに向かう。

マルタはEU圏外のため、誰でも必ず出国審査を通らねばならない。そのため、EU圏内への搭乗ゲートとマルタの搭乗ゲートとの間に出国ゲートがあるのだが、そこにはだ〜れもいない。鍵がかかっていて先に進めな〜い。進んだところで、何もないのは変わりないが。仕方ないから手前の待ち合い室で時間つぶし。ボーッとしてるか、うたたねしてるか。

ふと時計を見るとあと30分で出発時刻だけど?もしかして、遅れるわけ?そんな〜!今晩はAzzurriの試合なのよぉ〜〜。しばらくして、到着便の遅れのため1時間の遅延との情報。ガ〜〜〜ン。搭乗開始時間になってやっと出国審査の係員が到着。が、ツアーの1人めが止められる。理由はローマの入国スタンプがないから。そんなぁ、電話しながら行け行けって言われたんだもの、そんなのあるわけないじゃないさ。カターニアの係員はやたら業務に忠実のようだけど、ミラノやローマではほとんどスタンプ押してないじゃないの。そんなに文句言うならきちんと徹底させてよね。私だってローマの入国スタンプ欲しかったんだから!

←尾翼のマルタ・クロス。でも撮影に失敗したのでこれはステッカー。
添乗員さんが理由を話して無事通過。そのまま飛行機に乗り込む。おっと、マルタ航空の尾翼にはマルタ・クロス(聖ヨハネ騎士団の十字)が描かれているのよ。写真、写真。帰りはアリタリアだから今のうちに撮っておかなきゃ。飛行機は水平飛行に入るとすぐに軽食のサービス。ハムとチーズのサンドイッチ、オレンジジュース、KitCut。お昼をしっかり食べ過ぎていたせいか全然お腹がすかなかったし、サンドもちょっとパサパサしているみたいで不味そう(失礼)だったので手をつけず、サンド以外はお持ち帰りに。これもあっという間にマルタ到着。

ホテルへ向かうバスの中からライトアップされた対岸ヴァレッタの要塞が見える。あぁ、とうとう騎士団の街に来た。ちょびっと感動。しかし、試合はもう終わっちゃったな。ピッポゴール見れなかった、くしゅん。(ゴールしてると決めつけている) ホテルに入ると早速チャンネルチェック。RAI UNO、DUEとCanale5、Italia1、ReteQuattroが入る。今晩の試合結果を気にしつつ(が、ピッポゴールと勝利を信じている)、まぁ仕方ないのでとりあえず寝ますか。明朝ニュースチェックだわ。          ライトアップされたヴァレッタ→

Hotel Crowne Plaza 泊 ※
このホテルはホリディ・イン系列だけど、一応5ツ星。ウェルカム・ドリンクがあって、マルタのカクテルで名前は忘れたけど黒い色してカンパリに似た味でした。

第5日 10月8日 日曜
起きて早速ニュースチェックに余念がない私。おっ、Inzaghi、Delvecchio、Tottiの連呼。やっぱり決めたのね。
きゃぁ〜〜、雄叫びPippoだぁ〜〜〜!ほんの一瞬ではあったがゴールシーンを見れて舞い上がり状態。あまりの興奮でどんなゴールだったかまったく記憶に残っていない。でへへ。

では、マルタのご紹介を簡単に。マルタ島、ゴゾ島、コミノ島と2つの無人島からなる共和国で、面積は淡路島の3分の2程。地中海の中心に存在します。マルタの人類の歴史は紀元前5000年まで遡り、まずシチリアから渡って来た人々、次いで前3750年頃、巨石神殿を築いた人々(この巨石文化はストーンサークル、ピラミッドよりも古い)が住んだが、前2200頃突如姿を消し無人島と化してしまった。その後新しい移住者が現れ、1世紀には聖パウロがこの島に漂着しキリスト教が広まる。5世紀まではローマ帝国の支配を受け、次にビザンチン帝国の支配を受ける。

中世に入ってノルマン人ルッジェーロ2世、神聖ローマ皇帝兼ドイツ王フリードリヒ2世、15世紀にアラゴン王国、16世紀には神聖ローマ皇帝カルロス5世の支配下となる。このカルロス5世がロードス島でオスマントルコとの戦いに敗れ流浪の旅を続ける聖ヨハネ騎士団にこの地を譲り渡したのである。時は1530年。以降、聖ヨハネ騎士団はマルタ騎士団と呼ばれる。18世紀に入るとナポレオン軍に何の抵抗もなく騎士団はこの地を明け渡したわけだが、この支配者に反乱をおこした住民がイギリスに支援を求め、大英帝国の保護下となる。で、公用語はアラブ語が元となるマルタ語と英語。車も右ハンドル、左側通行である。 ふぅぅ。

で、今日の観光はフェリーに乗ってゴゾ島へ。マルタではミニバスを使用。 まず、ジュガンディーヤ巨石神殿の遺跡へ向かう。どんよりした曇り空だったのだが、見学中に突如雨。風が強く、雨雲の移動と共に降ったりやんだりを数回繰り返す。私はフード付きのレインコートを持って行ったのだが、これが正解。傘だと強風のためさしにくそう。このジュガンディーヤに限らず、巨石神殿からは豊穣の女神の石器が発見されており、神殿も豊穣の女神と同じ形に造られている。

次はトロイの木馬で有名なオデュッセウスが囚われた女神カリプソの洞窟へ。まず岩場の上に登ると眼下には海。洞窟はずっと下なのだと思っていたら、なんてことはないちょっと階段のようになった岩を降りたすぐ下だった。とりあえず降りてみるとこれが洞窟?っていう感じ。ちょっと拍子抜け。
←カリプソの洞窟。想像したより小さい

そしてまたまたお待ちかねの昼食。ここはマルタ流の食事ができるワインバー。ワインを飲みながら山羊のチーズの前菜、トマト、オリーブ、たまねぎなどの盛り合わせをオリーブオイルで食べるという簡単なもの。私達は2階で椅子に座って食べたが、1階ではドイツ人(?)が立食してました。胃を休めるためにもたまにはこんなのもいいかも。

食事が終わるとしばしショッピング。マルタ十字のペンダント・ヘッドを購入。 風が強くなっているので、予定を1時間早めてフェリーに乗船。マルタ島に戻り、サン・アントン・ガーデンに。サン・アントンは17世紀の騎士団長。中には団長の館(現在は大統領官邸)があります。ただあまり面白くない(またまた失礼)植物園風でした。

16時頃ホテルに戻ると昨日買ったダネッテを食べる。おいし〜〜〜い! 少し近所を歩いてみるが、ホテルの周りには何もなし。店がある所まで出てみたけど、日曜で軒並みお休み。新聞スタンドのようなものもどこにもなし。 夕食は当初自由だったが昼食が軽めだったということで、ホテルのバイキングで埋め合わせするとのこと。パスしてもいいのだけど出費が減るからラッキーってことで参加。カポナータ(これはシチリア料理)とムール貝、セロリのスープが美味しかったよ。

第6日 10月9日 月曜
今日はずいぶん風もおさまっている。首都ヴァレッタ観光の後、クリーク巡りのクルーズだから風が強いと船が出ない。でも今日は大丈夫そう。 観光はまず、バスターミナルもあるシティゲートから開始。ここを通り抜けると聖エルモ砦まで通じるまっすぐなメインストリートが。少し歩いて右に入ると聖ヨハネ大聖堂。ここには騎士団の各グループ8個の礼拝堂やロードス島から持って来た数少ないうちのひとつ、十字架も。隣の間には、カラヴァッジョ作「聖ヨハネの斬首」「聖ヒエロニムス」があります。
                       マルタのバス。すべて中古らしいが、かわいい→

大聖堂脇の通りではメルカートが。 またメインストリートに戻りさらに進むと団長の宮殿。今は国会議場になっており、ちょうどこの1〜2週間EU加盟の討議がなされており入場不可。この中には騎士団の甲冑などが展示されているので楽しみにしていたので残念。パレルモのパラティーナ礼拝堂といい、この団長宮殿といい、なんと間の悪いことか。 マルタ・エクスペリエンスという歴史をフィルムで紹介するものを見て昼食へ。 メニューは野菜スープ、ラザーニャ、ケーキ。マルタではイタリアのようなプリモ、セコンドといった区別がないらしく、イタリアではともにプリモにあたるスープとラザーニャが続いて出る。でも私には嬉しい組み合わせ。このスープが細かく刻んだ野菜のスープでちょっとトロみも加わり美味しい。

←坂をず〜っと下っていくと地中海。
   ↑聖ヨハネ大聖堂横のメルカート

昼食後はシティーゲートの方に戻りアッパー・バラッカ・ガーデンへ。対岸のスリーシティを望む。 次はいよいよクルージング。内側から見た要塞を、こんどはオスマントルコの側になって海から眺めるわけ。これは想像するだけでもワクワクもの。ホテルのあるスリーマの街から乗船。右側の方が眺めが良いという話だが席がなかったので中央の列に座り、船が動き始めると船尾の手すりに寄り掛かって写真撮影に熱中。途中「モンテ・クリスト伯」の撮影も行われていた。約1時間の航行でその後ホテルへ。

今晩の夕食も自由の予定だったが、予算に余裕があるのか(?)ホテル内の食事をサービスできるという。実は設定後初めてのツアーなので、旅行会社もいろいろ試行錯誤しながらの旅となっているらしい。昨日と同じバイキング形式だけれど、当然メニューは変わっているはずだし、マルタ・リラが少ないのでまたまたこれに参加。結局全員参加している。やっぱり楽だものねぇ。店は遠いし、疲れもたまってきてるから。今晩のメニューの中ではミネストラが一番かな。どうしてもイタリア系に片寄る私であった。

第7日 10月10日 火曜

今日はよく晴れて薄手の長そでだと暑いくらい。でも日陰は風が心地よく過ごしやすい。 まずマルタ島内の遺跡、タルシーン神殿に向かう。ここは紀元前4000年(今から6000年前。ひぇ〜)にゴゾ島と同じ民族によって造られたものと考えられている。こちらの方が石のあちこちに模様がつけられ装飾的。 次に向かったのはブルー・グロット。カプリ島の青の洞窟ほどは奥行きがない・・・と思う。(写真で判断する限りは)。ここで乗るのはフェニキア舟と呼ばれるマルタの小舟。それこそ波が高いとクローズとなる。昨日まではだめだったらしいが、今日はOK。良かったぁ。太陽の光が海の色を美しく輝かせる。透明度も良く、光の角度によって色が微妙に変わる。ここの観光は午前中が良いらしい。30分くらいの観光かな。
↑カラフルでかわいいフェニキア舟。
 舳先の目が特徴
       小さな洞窟がいくつも点在しています。中にはアーチ状になった所も

船を降りると昼食をとるマルサシュロック(シロッコの吹く港の意)という漁村へ向かう。漁村というからにはシーフードですね。楽しみ、楽しみ。トマトソースのペンネ、サンマ風だが油がまったくない魚(わりと好みだったりする)、ポテトのグリル、インゲンやカリフラワーなどの塩茹で、ジェラート。ポテトのグリルが美味しい。マルタのポテトは黄色みの強い種類。小さく切って、フェンネルの実とたまねぎの薄切りを混ぜ、オリーブオイルをかけてオーブンで焼くだけ。現地ガイドさんが「一番簡単な料理だから帰ったらぜひ作って」と言っていた。みなさんもお試しあれ。

←ヴィットリオーザの通り名を表すプレート
昼食後はスリーシティへ。これはヴィットリオーザ、セングレア、コスピークワを総称した呼び名。ヴァレッタの対岸です。まずヴィットリオーザ。ここは騎士団が最初に要塞を築いた所。要塞の入口となる門から入り、続く要塞と街並を見ながら歩く。街の至る所に騎士団関係の建物が残ります。またこの街は通りの名がかわいらしい同じデザインのプレートで表示されている。ある家の扉には青いリボンの飾りが。赤ちゃんが生まれた印だと言う。青いリボンだから男の子だろうって。

                  男の子が生まれた家。リボン中央の絵は法皇の帽子を表しています。→

次は車でセングリアへ移動。ここでは見晴し台からの景色を楽しむ。海辺へ降りて車を待つと、すぐ近くで昨日船から見たモンテ・クリスト伯の撮影が。ここでやってたのか。 一旦ホテルに戻った後、再びマルサシュロックのレストラン(もちろん昼とは違う)へ。マルタの前菜というパン、魚のスープ、魚介のフライ、ジェラート。このパンがすごく美味しいの。ブルスケッタ風にトマトソースを塗り、野菜やアンチョビのみじん切りをオリーブオイルであえたものがかけてあります。それとたこが名物らしくて、たこのぶつ切りがやわらか〜い。あんな柔らかいたこ食べたことないわ。それにシチリア同様えびも美味しい。ふぅ、今日は特にたくさん食べてしまった!

そうそう、ここで地中海のご紹介を。潮の干満の差が少なく、塩分も少なめ、ほとんど強風が吹かず(ここ数日は吹いたが)、プランクトンが育ちにくい地形。なので、磯の香りがまったくせず、潮風もべとつかないらしい。いい海です。真っ青できれいだし。

第8日 10月11日 水曜
朝テレビをつけていたら、今日はミラノ・マルペンサ空港でストがあるらしい。今日帰る人は大変だわ。ん?今晩の試合デルピがスタメン?な〜んか気になる...。

もう観光最終日。今日は早めの出発でイムディーナとラバトへ。この2つの街はローマ人が建設したときはひとつだったが、その後アラブ人がイムディーナを城壁で囲み、2つの街に分かれたそうだ。イムディーナは騎士団が入る前の首都だったが、ヴァレッタに首都が移ったことにより移住が始まり衰退、「オールドシティ」「サイレントシティ」と呼ばれる。この2つの街では堡塁、大聖堂、聖パウロ教会やカタコンベをまわる。ただ、教会はミサ中で入れず。ラバトの聖パウロ教会では横の入口から聖パウロが漂着し隠った洞窟をそぉ〜っと見る。 バスに戻ると空港へ。

いよいよ最後の寄航地、そして問題のローマへ。このころから体調がおかしくなってきたのである。暑さにやられたのか、昨日の食べ過ぎでおかしくなったのか、軽い胃のむかつきとお腹がぐるぐるうなり声をあげる。でも、この時はまだ絶えられそうだった。機内で出た軽食は水を飲んだだけでパス。

ローマのホテルに着いて、簡単に荷物の状態をチェックして15:30頃タクシーでヴァチカンへ出発。ホテルはトラステヴェレにある。車はスブリチオ橋を渡って、テヴェレ川対岸へ。ここの丘の上にはマルタ騎士団長の館。車窓からも確認できる。そして丘を固めた壁にはマルタ・クロスが。この時はここに戻ってくるつもりだったのに...。

ほどなくしてヴァチカンに到着。サン・ピエトロ寺院も行列なくすぐに入れる。もちろん「ポルタ・サンタ」(聖なる扉)から。念願の扉...感涙(信者でもないのになぜ?自分でもわからん)。中は混雑しているがのんびりまわる。熱気のせいかだんだん調子が悪くなってきた。時折立ちくらみが起こり、吐き気もしてきた。こりゃ貧血だわ。
←聖年だけ法皇の手によって開かれる聖なる扉(絵はがきから)

なんとか頑張ってサンタンジェロ城まで歩くがますます悪化。さすがに両親にもこの事態がばれて、少しベンチで休む。ローマのバスを知らない親は「あ、バスが通ってるからバスで帰ろう」などと言う。そんなの無理だって。どう乗り継いでホテル近くまで行けるのかわからないんだから。尋ねる気力もないし。なんとかスパーニャ駅をめざして歩き始める。頭の中では新聞も気になっているのだが、なぜか歩いている方には新聞売ってる店がない。通りの向こうにはいくつか見えるが道を渡る力がでない。そのうち見つかるさ、と思いながらトボトボ歩くとコンドッティ通りの手前にタクシー乗り場が。

それまではなんとか騎士団長の館に行かなくては、ジャニコロの丘が無理でもテヴェレ川を望む景色は堪能したい、という気持ちだったのに、タクシーを見たら途端に力が抜けた。もう歩けない。1台止まっているタクシーは無人。きっと運転手は近くのバールにでも行っているのだろう。が、ここで降りる客が多く、どんどんタクシーが入ってくる。その1台をつかまえてホテルへ直行。車窓からヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂やコロッセオなどが見える。ローマが初めてな母にあれが、これが、と説明するが、力ない声だったのでうまく伝わらなかったらしい。

ホテルに着いて、即座にベッドに横たわる。両親が近所に食料の調達に行くと言う。大丈夫か?でもちょっと動きたくない気分。送り出した後にやっぱり後悔。無理してでも出ればよかった。そうすれば新聞もお菓子も買えたのに。あぁ、プラズモ〜ン。 ゴロゴロしているとAzzurriの試合が始まった。いやん、Pippoがいない!マル大将も。2人がリタイアしたようなことを言っている?ガ〜〜ン。なんだか熱っぽくなってきた気がする。
(後日談:翌日空港で買ったガゼッタにはインフルエンザの文字が。私も1日だけのインフルエンザだったのかも。嘘)

Hotel Ripa Residence 泊

第9、10日 10月12、13日 木曜、金曜
朝ホテルを出発。今日はローマのバスやトラムがストなので、余裕を持っての出発。やはり渋滞気味。とうとう日本へ帰らなくてはならない。体調はかなり回復。昨日の不調が返す返すも恨めしい。あ〜あ、ローマにも課題を残してしまった。

フィウミチーノ空港でのゲートはC31。C20以降は自動運転のシャトルで移動。こんなのがあるんだぁ。ミラノまでの飛行は順調。ミラノの天気は雨、寒そうだ。 また機内待機の後、ミラノからの乗客が乗り込んでくる。しかし、その後の様子がおかしい。アテンダントも電話で「え?ほんと〜??」みたいなやり取りをしている。嫌な予感が...。

時折、簡単な説明があるのだが、イタリア語と日本語では言っていることが違う。イタ語はしきりに「ローマから」を連発。詳しいことはわからないが、ローマから何かを待っている。結局3回めくらいの説明で脱出シュートの部品に不具合が見つかり、ローマから交換の部品を積んで飛んでくることが判明。作業終了まで2時間かかると。

一旦降ろされ17:30頃再搭乗。それから50分ほどしてやっとドアが閉められる。ふと外を見ると、夕方ローマを発ったJAL機が到着。あれに乗るんだったら今回のローマでの目標もかなり達成できたはず。ちょっと恨めしい気持ちで見てしまった。次はJAL便にしようかな。

離陸後2時間ほどして夕食のサービス。肉か魚の選択で私は肉。生ハムとオリーブ・にんじん等のサラダ、トマトソースのショートパスタ、ビーフのグリル、パン、フルーツ。やっぱり味が落ちてるよぉ。半分ほど食べて爆睡。目が覚めて時計を見るとイタリア時間でも13日に。また寝る。機内が明るくなって朝食(昼食か?)のサービス。デニッシュ、チーズとハム、ダノネのフルーツヨーグルト。

定刻から4時間遅れの13時ちょっと前、成田に到着。とうとう帰ってきちゃった。添乗員さんやツアーの方々とご挨拶して帰途につく。スーツケースは宅配にしたけれど、割れ物などの手荷物もけっこう重い。がんばって帰らなくちゃ。 

<完>

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